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個人心理学~自分だけの価値観を持とう~承認の考え方

倫理、哲学

はいどもー(^^)/

精神科看護師のささやんです。

前回は嫌われる勇気第3章の記事を書きました。

今回は第4章です。

多人関係の悩みを解消するのには、他者と自分の課題を分離することが有用である。

という話をしました。

でもよくよく考えてみれば、自己中心的な個人主義の人だらけになってしまうのではないか?

これらについてさらに詳しく掘り下げていきます。

共同体感覚

課題を分離することは、対人関係の出発点です。

では、そこからどのように対人関係を結んでいけば良いか?

対人関係の最終目標は「共同体感覚」です。

他者が仲間であれば、そこに居場所を見出せます。

そして仲間たちのために、貢献しようと思えるようになると思います。

他者を仲間だとみなし、そこに自分の居場所を感じれることを共同体感覚と言います。

アドラーの目標とする共同体とは家族や学校生活、会社などだけでなく、国家や人類、さらには動植物までが含まれるとしています。

すべての悩みが対人関係にあるのならば、幸福の源泉も対人関係にある

共同体感覚とは幸福なる対人関係の在り方を考える、最も重要な指標になってきます。

そして共同体感覚とは「社会への関心」を意味します。

自己への執着を他者への関心へ切り替えるということです。

自己への執着とは自己中心的な人のことです。

他者との課題の分離が出来ておらず、承認欲求にとらわれている人はきわめて自己中心的と言えます。

他者は自分にどれだけ注目し、どう評価するのか。

それは自分のことばかり考えており、他者への関心が失われています。

他者からどう見られているかと気に掛ける生き方こそが、自分にしか関心を持たない、自己中心的な生き方なのです。

しかし、自分は人生の主人公ではあるが、共同体の中ではあくまで共同体の一員であり、全体の一部なのです。

そのように自分が世界の中心であるような考え方をしていると、他者とは「自分のために何かをしてくれる人」となってしまいます。

その結果、「あの人は私を裏切った」や「期待に応えてくれなかった」となり、仲間ではなく、敵になってしまうのです。

そうして仲間を失っていきます。

そうしないためにはどうすれば良いのか?

自分は共同体の一部であって、世界の中心にいるわけではないということを理解しておく必要があるのです。

「ここにいてもいいんだ」という所属感は、共同体に対して、積極的に動いていくことによって得られるものになってきます。

自分が共同体の人たちに何を与えることが出来るのかを考えて行動することです。

それが積極的に動いていくことにつながります。

複数の共同体かを意識する

共同体というのは複数あります。

学校であったり、会社であったり、地域社会や、国家に属しています。

例えば会社が絶対的な共同体で、ほかの共同体の自分は自分ではない、と意識していたらどうなるでしょう。

会社では仕事が出来ず、いじめにあったり、解雇された場合。

それは所属感を持てないということです。

この時会社がすべてだと思っていると、会社でトラブルがあった場合、どこにも所属感が持てないということになってしまいます。

そして、より小さい共同体に逃げ込んだらどうなるでしょう。

家庭に逃げ、引きこもりになったり、家庭内暴力をする場合も。

そうして、どこかに所属感を得ようとします。

そこで考えてほしいのが複数の共同体、特にもっと大きな共同体を考えるということです。

会社の外にはもっと大きな世界が広がっています。

もしも会社に居場所がないのならば、会社の外に違う居場所を見つければいいのです。

そその世界の大きさを知れば、会社という世界に感じられていた苦しみが、小さいことだったことに気づくでしょう。

対人関係の悩みにぶつかったとき、より大きな共同体を意識すること。

それが原則になります。

会社の中で上司が絶対的な権力者だとしたら、そのような権威や権力は会社という小さい共同体の中でしか通用しないのです。

なので、例えば会社で理不尽な要求をされたとき、その上司に異を唱えましょう。

人間社会という共同体で見れば、部下と上司は同じ「人間」の枠組みになります。

そこで異を唱えて、崩れてしまう人間関係ならば、最初から必要ありません。

また、関係が崩れるのを恐れて生きるのは、他者のために生きる不自由な生き方です。

横の関係について

横の関係とは対等な関係ということです。

アドラー心理学ではあらゆる縦の関係を否定します。

例えば、褒めたり、叱ったりすることも含まれます。

褒めるや叱るといった行為は能力のある人が能力のない人へ下す評価という側面があります。

アドラー心理学では子育てをはじめとするコミュニケーションで「褒めてはいけない」という対場を取ります。

我々が他者を褒めたり、叱ったりすることアメを使うか、ムチを使うかの違でしかなく、背後にある目的なのは操作です。

誰かに褒められたい、褒めたいというのは対人関係を縦の関係と捉えているからです。

そもそも劣等感は縦の関係から生じてくる意識になります。

あらゆる人が「同じではないが対等であるという意識を持つ」ことが出来れば、劣等コンプレックスなどは生まれません。

以前の記事で、課題の分離を理解するときに、人に介入することが対人関係のトラブルにつながると説明しました。

他者の課題に対して踏み込んでいく行為を介入とします。

なぜ介入をしてしまうのかは縦の関係が関係してきます。

相手を下に見ているからこそ、介入してしまう。

「自分は正しくて相手は間違っている。」と思い込んでいる。

そして介入することで自分の意図する方向へ操作しようとしていることになります。

そうではなく横の関係を築くことが出来れば、介入はなくなるのです。

勇気付けを行う

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目の前に困っていたり、苦しんでいる人がいたらどうするのか?

それは介入するのではなく、援助をする必要があります。

アドラーは横の関係に基づいた、その援助のことを勇気づけと呼んでいます。

では勇気付けにはどのような具体的内容があるのか。

それは、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたり、素直な喜びの気持ちで「うれしい」と伝える事。

これが横の関係に基づく勇気付けになります。

最も大切なのは他者を評価しないということです。

評価の言葉とは縦の関係に基づきます。

横の関係を築ければ、素直に感謝の言葉や尊敬、喜びの言葉が出てくるでしょう。

人は感謝の言葉を聞いたときに、他者へ貢献できたことを知ります

アドラーは「人は自分には価値があると思えた時にだけ、勇気を持てる」との見解があります。

自分には価値があると思えるようになるにはどうすれば良いか?

それは、共同体にとって有益だと思えた時に価値を実感できます。

自らの主観によって他者に貢献できていると思えることが重要です。

まとめ

褒めても、叱ってもいけない。

これは衝撃的な言葉でしたね。

自分も子育てをしていく中で、どのように使い分けるかを悩んでいましたが、それ自体が間違っていたと考えさせられます。

確かに様々な意見があるかと思いますが。

アドラー心理学から言うと、子どもを縦の関係においてしまい、褒めていたことがあります。

褒められることで、自分は能力がないという信念を形成してしまうことや、褒めてもらうことが目的となると、結局は他者の価値観に合わせた生き方になってしまう。

両親の期待に答えながら生きていくのは確かにうんざりしそうですよね。。。

横の関係を意識することは対等にみるということ。

そして以前も解説した記事である承認。

承認にはいろいろな段階がありました。

子供が悪いことばかりしていても、行為ではなく存在レベルで見ると「生まれてきてくれてありがとう」と素直に感謝の言葉が生まれます。

アドラー心理学でも同じような考え方であり、共通している部分があるんですね。

みんながこのような考え方をすると、ハッピーになれるのになと改めて実感しましたね。

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